
アブ・メナ
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アブメナへの行きかた
カイロからタクシー等で約4時間
アレキサンドリアから約1時間 |
| <アブ・メナ遺跡> |
アブ・メナ遺跡は1980年に世界遺産に登録されました。現在の様子からは想像がつきませんが、
4世紀〜6世紀に渡って、この地には地中海で最大の宗教都市がありました。
アブ・メナ遺跡の中心は、聖メナス(?〜AD296)の聖堂です。聖メナスはローマ人で、AD3世紀
にローマ皇帝ディオクレティアヌスの命を受け、キリスト教迫害のための遠征の兵士の一人でした。
しかし、キリスト教に対する迫害を嫌い、砂漠に逃避しているときにキリスト教殉教者の像を見て
キリスト教に改宗し、小アジア(トルコ)で殉教しました。その後、彼の遺体は当時キリスト教が栄えて
いたエジプトに持ち帰られ、砂漠(現在のアブ・メナ)に埋葬されました。
彼はリビア砂漠を旅する人を守る守護聖人とされ、多くの人々が旅の無事を祈りに、聖メナスの墓の
あるアブ・メナを訪れるようになりました。313年にローマ皇帝によりキリスト教が公認されると
聖メナスの墓はエルサレムと並ぶほどの巡礼地となりました。
聖メナスのバシリカ聖堂は皇帝アルカディウスによって建設を開始され、幅約25メートル、奥行き
約63メートルもの大きさがあります。巡礼者が増えるにつれ、修道院や宿泊所なども出来、大巡礼
地となりました。
巡礼者たちは、聖メナス聖堂から病気を治す不思議な力があるという聖水と聖油をつめた粘土製
の携帯用の小瓶を持ち帰りました。聖堂の近くからはこれらの粘土製の小瓶を焼くための工房と
焼きがまも見つかっています。
7世紀になると、イスラム教を信仰するアラブ人が各地に勢力を延ばし始め、ヨーロッパからの
巡礼者でにぎわうアブ・メナもまたその標的となりました。その後、ローマ帝国の崩壊や、度重なる
イスラム教徒による襲撃により巡礼者は激減し、12世紀ごろには廃墟となってしまいました。
1905年にドイツの考古学者カール・マリア・カウフマンによリ発掘が開始され、遺跡から見つかった
多くの品々はアレキサンドリアとフランクフルトの博物館にあります。
1959年には、廃墟となってしまった修道院から数キロメートル離れた場所に新修道院が再建され、
現在は再び巡礼者や観光客を受け入れるようになりました。
アレキサンドリアから車で約1時間ほどの場所にあります。
観光にはアレキサンドリアを拠点に日帰りで向かうのがよいでしょう。 |

聖メナス聖堂内部 |

聖メナス聖堂ドーム |

アブ・メナ遺跡(一部) |

アブ・メナ遺跡(一部) |
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